大学生あーちゃんの活動記録。

ディープなキスと右脳と左脳

今日の帰りがけ、ものすごいものを見た。

道に座り込んでディーープそうなキスをしているカップル。
しゃがみこんでいるのではなくて、座り込んでいる。
足を前に投げ出して、お互い体は同じ方向を向いて上半身だけ90度回転させている形だ。

しかも、座っているのは歩道ではなく、車道だ。苦笑
おい、どう考えても危ないからさ。

このキスの終わりは一体どこなんだろう。
勝手にしてくれよ、と思ったわけだ。

人を好きだー!と言う気持ちはとても大切で、大事で、言葉で表せないぐらい尊いものなのに、ああやってなりふりかまわず自分たちのやりたい行為に走る人たちを見ると、なんだかあまりいい気がしない。
あれで車ひかれでもしたら、それこそ大惨事だ。
悪いのは、運転しているほうではないけど、その人はきっと一生罪の意識に苛まれる。



ここまで考えて、さっきまで友人たちとしていた会話を思い出した。
右脳と左脳のお話。

すごく話を単純にしていただのけど、右脳=感情、左脳=論理性と考えたときに、それでもやっぱり右脳がおーーっ!って思わないと左脳もがんがんには働かないよね、ってお話。

結論は、つまり、どっちもバランスよく動かすことが大事だということ。



で、あほなカップルを見て、確信した。
やはり感情と理性はバランスよくあって初めて社会に価値をもたらすのだ、と。

感情が感情として周りが見えない状況は冷静な思考も判断も不可能であり、それは極めて社会性の低い状態にあるということ。

もちろん、感情によって行動してしまうことを、否定はしない。
(それは、ある瞬間の私を全否定するようなものだから。笑)



でも、やっぱり今は思う。
NPOで経営を行って継続的であろうとするのは社会的なミッションのためだけでなく自分たちのためでもある。
それと同じで、人と人の関係も感情だけでは成立し得ない。

案外、想像力というやつは、感情とは切り離されたところに存在するものなのかもしれない。

自分の評価と人のからの評価

自分が自分に下す評価と、他人が自分を見る目というのはかなり違っていると、最近痛切に感じる。
それは必ずしも、マイナスなことではない。

最近は、自己評価の低さに反省をする日々だ。

過大評価は嫌いだし、すべきでないと思うけど、それでもやはり自分を正当に評価できる、というのは一種の強みのような気がする。

他人の気持ちに立って、自分をみつめてみることが私には必要。





代表がやっていたので、真似をしてみた。
天国からの手紙

==

2007年のわたしへ。

元気ですか?2007年ごろの自分のことを懐かしく思い出します。
わたしは93歳で、つまり西暦2079年に、ちょっとした怪我が元で生涯を終えます。思えばいろんな事があったけれど、我ながらなかなか良い人生でした。
だたひとつだけ過去の自分に、つまり今のあなたに伝えておきたい事があります。それは 2016年の冬のこと、わたしはあるイベントの幹事を引き受けることになります。 振り返ってみると、それは人生の大きな分岐点でした。時がくればわかると思います。
最後にひと言、93年間生きてみて思ったのは「人生の無駄遣いなんてない」ってこと。
それでは、またいつか会いましょう。
これから先の人生もチャレンジをおそれずに。

あーちゃん - 2079年の天国にて

==

長生きし過ぎじゃん?と思ったけど、うちのひいおばあちゃんは100歳まで生きてたからありえなくもないな、と。

なんでか、を考えてみる。

1.なんだか最近、涙もろい。

それもこれも、海士町長の本のせいだ。
離島発生き残るための10の戦略 離島発生き残るための10の戦略
山内 道雄 (2007/06)
日本放送出版協会

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とか、書いてみて、ちょっと宣伝文句っぽいな、と思った。
この本、一つ一つの言葉に泣かされる。

と言っても、お涙ちょーだい系の本でも純愛系の本でもない。
とある島の改革の話だ。
それも、現在進行形の実際の話。

文章も平易だし、あたりまのことが書いてあるし、どれもこれも知ってることばかりだ。
なのに、すごく泣ける。

なぜか分からないけど、私の琴線を緩めてばかりいる。



海士町長の本に端を発し、友達からのメールにも泣いた。

それは、入院していた友達の退院の知らせだったのだけど、私と友達がお見舞いに行ったことにいたく感動してくれたという内容だった。
そんな当たり前のことをしただけのに、すごく喜んでくれたことが嬉しかった。
身近な人を本当に大事にすることって本当に大事だな、と思った。

泣いた、というのは実際には泣いていなくて、涙ぐんだ、ぐらいの表現がちょうどいいのだけど、涙にしなかったのは、公共の場にいたからであって、今なら確実にぽろぽろ泣いている。
一度泣き出すと、涙というやつは止め処もなくあふれてくるやっかいなものなのだ。



なんでこんなに涙してばかりなのかを考えてみた。(前置き、長っ!)

●他人から学ぶべきことが非常に多いこと。
海士町長の本にしろ、友達のメールにしろ、何かしらの気付きをもたらしてくれている。
それは、私に足りない何か、学ぶべきことなので、それを気付けたことにいちいち感動しているのかもしれない。

●「尊敬」を言葉にし始めたこと。
お互いを尊敬しあう文化のすばらしさについては、白百合での中高時代の賜物であると何度も書いてきたが、最近はそれがインターンのおかげで徹底されている気がする。
というのも、仕組みとして、スタッフのいいところなどを見つけたら紙に書いて、みんなで共有することができるからだ。
書いてもらったら、自分も書きたい。
言葉にすることで、理解するようになるのが、人間の脳なのだろう。



いや、しかし、なんで「泣く」のかの回答にはなってないなぁ。
結論。
単に、生理的に涙腺弱いだけか?!





2.「成長したい」は、正しいか、の記事に多大なる反響をいただきました。

反応をいただいたあとに、昨日のブログがネタにもならないくだらなさなのには、若干萎えたけど。

さて、ブログに関してコメントしてくれたり、勝手にブログに引用してくれたり、見える形で反応してくださると、とっても嬉しい。

そして、反応してくださったのは、みなさん社会人でした。
きっと、社会との関わり中で感じることなんだな、と思うと、今のインターンの環境が私にとってさらにありがたいものに思えてくる。



他にもそう考えるにいたった原因を追究してみたら、いくつか思い当たった。

●かのマザーテレサを生み出した、カトリックの教えに15年間漬かっていたこと。
この経験は、他者への社会的関心のみならず、私に多大な影響を与えていることは言うまでもない。
もっと知りたい人は、聖書を読んでください。

●単語が覚えられないと、パートナーが建物の屋上から逆吊りにされる英語の塾に行っていたこと。
結局、この伝説の合宿に参加することなく、私はフラ語の道に進んだわけだけど、勉強は自分のためじゃなくて他の人にやるものだという意識を強烈に植え付けられた話だ。
大学受験も、将来人の役に立ちたくて勉強するものだ、と思い込ませてやっていたら、結局自分の根底に流れる思想になってしまった。

(ここまで書いて、この英語の塾の先生に手紙をしたためることにしたので、一時中断)

●場を作り出すのは、あなただ、と断言する研究会に所属していること。
いの研は、先生が引っ張って運営するゼミではない。
ゼミ生全員が自分の持てる力を出し合って、協働運営しているところだ。
ここで、いつも言われている、そしてそこでゼミ生全員が体現しているのが、自分がその場に大事な一員であり、同時に構成要素として正にも負にも影響するのだという意識。
その場の空気を作るのは周りの誰か、じゃなくて、自分だということ。

●ネガティブな要素もあり。そもそも、自分にそんなに期待していないこと。
自分の成長をそんなに楽しみにできない自分というのも、実はこの考えの元になっている気がする。
2年間、一つのチームを運営してきて思ったのは、一人じゃ何にもできないよ、おい、自分、だめじゃん、ということ。
常に誰かが私を常に誰かが支えてくれていて、誰かが答えをくれた。
決断するのは私だったけど、答えを示してくれたり、答えを私の中から引き出してくれたのは、私じゃない、他の誰かだった。
私が成長するよりも、私がいることで、周りの人の成長が見えることが何より嬉しかった。

そもそも、私は自分にとってもあまい。
お金があって、時間もあったら、日当たりのいい畳の部屋で一日中でも寝ていたい。
別に、私の人生なんて堕落した人生でいいと思っている。
だから、私は動機付けを自分の中に置かない。
ただ、それだけのことなのかもしれない。



結論。
ある考えは、一つの事象から生成されるものではない、ということ。
たくさんの経験や価値観に触れることで培われるものなのだ。

って、意味のないまとめになってるけど。



まぁ、オチもすっきり感もないのが私のブログなのです。





あ、そうそう、明日から万年筆ユーザーになります。
本当は、今日からだったんだけど、使う機会なかった・・・・から、明日からということで。

神的:出来事、通り、気象

鼻の通りが良すぎてのどが最近痛い、あーちゃんです。



神的出来事

今日、めっちゃいいことがあったんですよ。
普通にしてたけど、多分、にやけてた。

というのも、自分がインターン先で書いたメルマガに反応があったから!
しかも、常々発信したいと思っていた、「ソーシャルベンチャー」についての連載を始めて、その第一発目だったのですが、ソーシャルベンチャーが何たるかが分かったとのお言葉。

もう、飛び上がるほど嬉しかった。
一人でも、こうやって反応を示してくださる人がいるおかげで、私はまた次の号も書くことができるのです。

だから、私もできるだけ他の人に自分の気付きだとか、感じたこと、その人に対する敬意の気持ちを言葉に表すようにしたい。



神的通り

私のお気に入りのお店の一つに世界堂がある。
ただ、大量の文具がちょっと安く手に入るというだけで、しゃれっ気のある店だとかそんなんじゃないけど、とにかくたまに無性に行きたくなる。
これも、祖父母が文房具屋をやっていたことの影響だろうか(反語)。

さて、そこから家に帰るには、いくつかの方法があって結構迷う。

一つは、新宿駅まで10分ぐらいかけて歩いて山手線に乗る。
もう一つは、お店の目の前にある新宿三丁目駅から電車に乗って、メトロ初乗り料金とられて、しかも乗り換えもある。
一番よく使うのが、徒歩、という手段だ。

普通に明治通りをまっすぐ行って、職安どおりとぶつかったところで左折すると20分かかる。
しかし、これを15分に縮める神的な通りがある。
直角に曲がるべき地形の対角線を一気に突き抜けられるのだ。

しかし、この通りは多分普通の人は通らない。
なぜならそこはホテル街だからだ!!!
ホテルと言っても、ただのホテルじゃありません。
はい、その通り、ラブホテルってやつです。

ほんっとすごいんだよね、あの通り。

その便利で人通りの少ない通りは、私にとって神なのでした。



神的気象

今日、実は皆既月食を見るのを、すごく楽しみにしていたのですが、東京は大雨で月を見るチャンスはなさそうですね。

しかし、まぁ、雷も嫌いじゃないなぁ、なんて思いながら空を見上げる今日この頃でした。





どうでもいいけど、


人に手紙書くのとかって、めっちゃ楽しいわなぁ。
一日でも一週間でも、文章考えてたいわ〜。

痛切にミドルネームが欲しい今日この頃

外人よ、私の名前をきちんと呼んでくれ。
分かる、母音ばかりの名前が読みにくいのはわかるけどさぁ。



さて、自分にとって至福の時とはどんなときであろうか、と考える。
まぁ、いくつかあるだろうけど、やっぱりいつ寝てもよい状況で、文学作品を読むことはこの上ない幸せの一つだ。

美しい文章と、ちょうどよい照明。
そして、心地の良いまどろみ。

これさえあれば、何もいらないと思える。

こういう時間を平日にも一度ぐらいは取りたいものだ。

「成長したいです」は、正しいか

昨日、イベントに参加してきた。
志を同じくする仲間、と言ったらちょっと大げさだけど、今どこかしらの企業やNPOでインターンしている人たちに会えて、とってもいい刺激になった。

ただ、一点だけどうしてもしっくりきていないことがある。
「成長したいです」という言葉だ。

もちろん、インターンは成長するための一つのツールではある。
インターンすることで、とんがった学生がもっととんがるものだとうちの代表(だったかな)も言っていた気がする。
インターンでは、スキル的なこと、精神的なこと、考え方など、学ぶことは本当に多い。

しかしながら、成長ばかり望んでもだめだと思う。
自分の成長のために、〜〜します。
自分が成長できそうだから、〜〜やります。

それって何か違う気がする、う〜ん。

どうせならもっと大きいこと言っちゃっていいじゃない?って感じかな。

成長した自分が、社会に何を提供できるのか、自分が成長することで会社に何をお返しできるのか、私はあくまでもそっちに重点を置いた思考をしたい。
社会に、会社に、自分に関わる全ての人に何らかの良い影響を与えたい、だからこそ、成長が必要なのだ。



ビジネスモデルがあるから起業する、っていうのと同じ違和感なのかなぁ。
モデルはなくとも、解決したい問題をみつけてしまったらモデルは作ってしまえばよくて、これをしたい!って決めたら、成長なんか見えなくとも、自分がそんなに足る人間でなくてもそのために一生懸命もがけばいい。

そういうのって、まぁ、人それぞれなんだろうけど、社会の中で規定されるという自分が、社会の中でどんな存在であるのかを試行錯誤することを常に行っていきたいと、私は強く思う。

想像した未来とは違うけれど

という、キャッチーなタイトルで始めてみました、あーちゃんです。

今日、高田馬場から歩いて帰ったのですが、公園から聞こえるトランペットの音で高校時代の自分を思い出してしまいました。

あー、あのころはまじ太ってたなぁ。
そういや、受験期はめがねっ子だったなぁ。

なんて、そんな話ではありません。



高校時代に通っていた英語の塾が高田馬場にあって、いつも歩いて帰っていたのですが、そのときに戸山公園で早稲田の学生さんたちが楽器の練習をしていたり、演劇の練習をしていました。

そう、高校生の時には、あれこそがまさにキャンパスライフだと思っていたのです。
家が近かったこともあり、(偏差値の問題とかはさておき)自分は絶対に早稲田に行って、夜遅くまで公園で仲間と一緒に何かに打ち込もう!と思っていたのです。
しかし、実際には、大学はKOだしサークル活動にも精を出してはいません。

ただ、今日こうやって自分の思い描いていた未来と今って全然違うものになってると認識したけれど、そこに後悔や悔しさなどは全くありません。
KOに行ったことで、自分の行動範囲がぐーんと広がりました。
多分、早稲田に行っていたら、家と大学の往復で、きっと新宿区の中だけで過ごすことになっていたでしょう。
そして、サークル活動一筋なんてこともしなかったけれど、今自分を取り巻く環境が幸せで、そこに情熱を傾けられるものがあるのです。



歩きながら、自分の未来はきっと今思っているものよりもずっと違って、そしてそのときの自分にとってベストな環境になっているんだろうな、と考えました。
そして、ふと頭をよぎったのが「錦繍」のせりふ。
最近見た舞台なのですが、主人公の女性が、最後に気がついたこと、それが、今の自分の状態は全て自分の因果によっているものだ、ということ。

大事なのは、今の状況を受け入れて、よりよい人生を目指すこと。
その基準は、他人のものさしでもなければ、自分が以前抱いていた理想でもないのです。

今の自分に問い続けること、あなたは今何を考えていますか?あなたは次に何を望んで、そのために今何をするのですか?と。

Hey Jude & Yves

お風呂の中で、無性にHey Judeが聴きたくなった。
口ずさんでみると、なかなかうまく歌える。

お風呂からあがって、CDをデッキにセットして思い出す。
そういや、この子壊れてたなぁ。

曲を飛ばすことができない。
早送りを押すと、勝手にモードがラジオに切り替わり、周波数が変化してしまう、困り者。

まぁ、いい。
音楽をランダムに聴くなんて、言語道断。
きっと、この曲の並びに製作者の想いがこもってるんだ、と自分を落ち着けて、Hey Judeが流れるまで待ち続けよう。

って、もう1時過ぎてるけど。

そうだ、CDかけっぱなしで寝てしまおう。



タイトルのYvesは、今使っているPCの名前です。

一台目のFMVは、Thibaudって名前があったので、この子も名前つけてあげなきゃー、ってことYvesに命名してあげました。



PCに名前つけるのって、割と普通だよね??

寝られない・・・経営判断

なぜか、眠くならない。
明日(ってか今日)はきっとオフィスで眠くなるぞー。



やることと、やりたいことがいっぱいあって、やるべきことができない毎日。
ブログ書いてる間にやれ!って感じだけど、こうやって文章を書きながら、書いては消して書いては消してするのが私の思索のスタイルみたい。



久々にサラ・ブライトマンのCDをかけて、音楽にひたれる自分の部屋という空間に幸せを感じている。



一歩外に出ると、蒸し暑い現実と、解決しなければならない問題がそこらへんにごろごろしている。





SIFE Keioを立ち上げて丸二年が経とうとしている。

何もやっていない、と言ったらうそになるけれど、結局個人プレイだったのかな、と思う。
きっと、自分のやってきたことをそれっぽくまとめることはできるんだけど、私か誰か個人のやったことでしかない。

どうすれば、チームプレイってうまくいくのかしら。

ずっと、自分は、チームのために活動してきたと思っていたけれど、結局チームとしては何も残せていないんじゃないかな。

大学生という自由な身分でありながら、私は自分自身をチームに縛り付けていただけじゃないかという気がしくる。

ここで今、自分が下そうとしている判断は果たして正しいのだろうか。
それとも、すべきでないことなのか。

高ぶる感情に流されないようにすぐにはメールを書くことも、決定することもしない、と決めて結局先延ばしにしてきたのかな、とも思う。
今!考え抜け!
と、自分に言ってみたところで、考えることなんてもうないのかもしれない。



全てが不確定なこの世の中で、確実なのは自分の想いしかない。

もう、腹は据えたのだ。
今さら、「このまま」なんて選択肢はない。





研究会の先生が言っていた、

もう、あとは経営判断だよ、

と。



判断のとき。

雑感

ブログ、更新しようと試みたものの、最後まで書くことがきでず断念…というのがここ数日続いています。
どうしたんでしょう。



最近のいくつか伝えたいメッセージだけ、とりあえず。



1.大学って、頭使わなくてもやってけるんやね。
きっと、本当に頭を使う人が勝ち残れる社会なんですよ、現代社会ってやつは。



2.最近本のプロモーションを考えていてふと気がついたこと。
古典や名作は、どんなにだいさカバーで、全然プロモーションなんかしてなくても多くの人にこんなにも長い間読みつがれている。

つまり、いいものはいい、ということなんだろうか。

ある程度のマーケティングやらプロモーションは効果を奏しても、自分が望んでいるのは本当にいいものが選択されていく社会。

あ、私が今プロモーションをお手伝いしている本は、いい本ですよ。
じゃなきゃ、やりません。

だから、買ってね。笑



3.東京の夜空は明るい。

たまに屋上に一人で登って、夜空を見上げる。
あ、明るい・・・

星なんてぜんぜん見えやしない。

屋上に登ることに意味があるとしたら、そういう自分を演出する行為そのものなのかもしれない。



4.地下鉄のエレベーターの位置について。

今日、大きな病院に行った。
そこの一番近い地下鉄の出口にはエレベーター設置されておらず。

こりゃ、怪我人大変だろうなー、なんて思ってたら案の定、松葉杖使って汗だくになりながら長い長い階段を下りている人に出くわしてしまった。

なんでもう少し環境考えて駅とか町とかって設計しないんだろうな、って不思議。
最低限のことをやればいい、という現代企業のコンプライアンス(法令遵守)=CSRというのはちょっともう時代遅れ。

あっという間の一週間振り返り

あっという間に時間がすぎていく。
恐ろしいなぁ。

一週間、振り返り。

月曜日:
部屋の掃除&飲み会。

*この日から、私を除く家族は毎年の千葉の海へ。
一人暮らし気分、満喫

火曜日:
仏教青年会のOBにOB訪問、ってか最寄り駅まできてくれたけど。

水曜日:
高校時代の友達と初甘ロリのネックレスを購入
そのあとはクラス会。

*やっぱりゆりっこ好きだなー、と。
私は女子校だなぁ、と。

木曜日:
インターン再開。

金曜日:
インターン。


うー、言葉がなかなか出てこない。


なんか、昨日思わず動揺してしまうことがあって、なんだかすごく疲れてしまった。
自分の人生って、何だろう、って思ってしまう。

私の人生は誰のものでもなく、自分のもののはず。
それなのに、誰かの言葉に揺らいだり、そのせいで不安定になったり。

よくあることだけど、落ち着いていたいからこそ動揺してしまう。
何かが、今まだ違う気がする。

一緒にインターンやってる子が、大人になっても自分たちが想像していた大人とは違うよね、って言っていた。
そう、21にもなれば大人だと思っていたのに、実際の私はきちんとした大人になんかなれずに一つのところにとどまっている気がする。



今ある違和感を、どうにか夏休み中に浄化させたい。

【大学生のみなさん!】

アンケートにご協力ください。
今、本のプロモーションを考えていて、みんながどんな方法で
本を買うのか、ということを知りたいのでございます。

お願いします!!



☆あなたについて教えてください!
は、その人の特徴を知りたいので、できるだけ埋めてもらって
無理なことは書かないでいいです。

コメント欄への記入でも、ayae.hirata[あっとまーく]gamil.comへ
メールしていただいてもかまいません。

本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本

0.あなたについて教えてください!

ア.名前(自由記入):
イ.所属(大学名、学年など):

1.以下のフォーマットで、一番本を買うのが多いチャネルを教えてください。

ア.本屋さん
イ.ネット(アマゾンなど)
ウ.その他(   )

2.本を買おうと思うのは、どういう瞬間ですか?

ア.表紙を見た瞬間☆
イ.タイトルがいい!と思った瞬間
ウ.目次がかなり、素敵♪と思った瞬間
エ.ぱらぱらっとめくってみて、読みやすそう、と思った瞬間
オ.内容に興味がある

3.本を買うときに参考にするのはどんなものですか?

ア.アマゾンのコメント、星の数
イ.友達のおすすめ
ウ.見知らぬ人の書評(ブログとかでたまたま見た)
エ.ある程度権威のある人の批評(新聞、メルマガ)

4.他に、好きな本、好きな本のタイトル、本のプロモーションに
  こんなの効果的じゃない??っていうアイディアがあれば
  ぜひ、教えてくださーい。


●ご協力、ありがとうございました●

本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本本


ついでに、アンケートの改善点などもフィードバックいただけると、
師匠と仰がさせていただきます(三重敬語)



追補:
このアンケートを、自分のブログでもやってあげるよん♪というのも、大歓迎です!

久々に更新

ここ数日間、毎日とても充実していた。
なかなか悪くなかった。





About Decision-making;

自分の意思で何かをしよう、しまいと決めるときの判断には、やはりさえてるときそうでないときがある。
インスピレーションによって、あっ、これいい!と感じると、本当にそれは素敵なアイディアのように思えて、実はそうでないかもしれない、ということを考えることを怠ってしまうので、怖い。
とりあえず、いいアイディアはアイディア帳にでも書いてしまっておこう。

どうしてもあせってしまうから、長期的な視点を持って、まずはシナリオを描いてみようと思う。
そして、そのシナリオを演じきれるかいなか、が意思決定の際に鑑みるべき基準で、感情的になって行動するのは禁物。

こうやって、悩んでいる自分を演じてみるのも悪くない。


過去の経験、自分の先入観に捉われるのは間違いかもしれない。

人には幸せになりたいとう本能があるはずで、それに抗うことは自分と周りの人を苦しめるということを、誰でもが知っていることを信じよう。
今はできることを精一杯やるしかないなぁ。





About My Room;

なんで、部屋ってこんな簡単に汚くなっていくのかなぞ(-_-)





About Love;

最近、いろいろ聞かれることが多いから、久しぶりに、恋愛について考えてみる。

恋愛における好きって感情って一体何なんだろう。
好きという感情にも強い、弱いがあるのだろうか。

私の場合は、死ぬほど好きになって、死ぬほど傷つく。

でも、どうやら大人になると恋愛ってそういうものじゃないらしい。
うーむ、慣れるとやっぱりそういう風にできちゃうものなのかなぁ。

自分の気持ちにうそをついているかもしれないと思いながら、それでもそこから抜け出すよりは、自分を押し込めて疑問を抱かないように努力する。

確信。
不器用でもいいから、100%で誰かを愛することに挑戦したい。
それがたとえ奇麗事であろうとも、挑戦するという行為はマイナスにはなりえない。





About Eau de Toilette;

香水の瓶を、高いところから落としたい衝動にかられる。
そしたら、きっと部屋中にいい香りが漂って、でも、多分それが強くなりすぎてだんだん気分が悪くなってくる気がする。

それでも匂いは消えない。

現場、大事

最近、毎日が充実している。
充実しすぎて、家に帰ると即行に寝てます。

昨日は、な、な、なんと!


4:30起床


4:30??
いつまで寝てるんだよ、と思ったそこのあなた!
最近はそんなだめだめな大学生じゃありません。
朝の4:30に起きたのですよ。

そして、6:30には、出勤。
わーお。



それから、お仕事見学させていただいて、帰ってきて、お昼寝〜夕寝。
それでも、目がはれるほど疲れていて、夕飯食べてどーしてもやらないといけないことやって、寝ました。

今日も、6:30には起きて、出勤。



最近、朝が早い、早い。

しかし、朝早く出勤するから、すでに働いているスタッフの方がいることを知れるのです。
そして、その人たちの働きがあるから、社会に価値というものが生み出されるのです。



世界は、自分が思っているよりもきっと多くの人の努力が作り出しているはず。






10kgぐらいの子どもを抱いて歩いた感想:

世の中のお母さんは強いのだ!!!

学びの多い一日

まずは、昨日の学び。
「表現」と「表出」について。

どちらかが悪いというのではなくて、「表現」何かしらのメッセージを持ったもの、「表出」はただ想いのままに自分の感情を記号にしたもの。

私のブログは、圧倒的に表出タイプだね。
そして、今日の学びもメモ程度に表出。



やはり、一流の経営者は、すごい!かっこいい!
そして、従業員にすごく気を使ってくれる。涙

何十回、「誕生日おめでとう」を言ってもらったことか・・・
そして、すごく今のインターン先の代表さんは、私に期待してくれているということを感じることができて、それに応えなければ!と思った。



他にも、見てみたかったT氏の話が聞けて、しかもそのしゃべりのうまさと話の内容に感動☆
いやー、素敵。



そして、改めて今日、自分がとーっても恵まれていると感じた。
研究会、インターン先、友達(お誕生日メールありがとう、まだ誰にも返信してないっす、ごめんなさい)、そして、人を育てようという意識で話をしてくれる全ての人たち。

本当に恵まれている!!
自分で切り開いた環境と言えば、言えなくもない。
そういうところは、本当に自分のやってきたこと、信じていること間違いではないと実感してよいと思う。
これからも、前向きに生きていこうと考えられる場があることがすばらしい。
違和感に目を背けないで、本当によかった。



あー、何書いてるのかよくわからない&タスクオーバーなので、また明日〜。

Happy Birthday To Me

mixiを開いて気がついた。
あ、21歳になるんだ、今日、みたいな。



怒涛のようにメール処理していて、気がつかなかったよ、おい・・・



そういえば、昨年は深圳のTNCの工員さんたちと同じベッドの上で、自分に向けて、手紙書いてた…
それも、痛い子だけど、今回はもっとわびしい。

まぁ、もう21にもなると誕生日が別段嬉しいものでもない気がするのは私だけなのかしらね。
20からの一年間、本当にあっという間でした。

え、もう、あれから一年????って感じです。



あのころから比べると、本当に私は大人になったと思います。
いろいろな意味でね。

去年は、恋愛の一年だったから、今年はやっぱりバランスよく生きたいと思います。
恋愛するにしろ、きちんと仕事するにしろ、やっぱり自律して何か他のものに頼るようなことをしているうちは、いい恋愛もできないし一人前の大人じゃない!と、気がついたはいいけど、実践となるとなかなか難しいよねぇ。




とりあえず、21歳まで生きてこれた自分をほめてあげるのと、ここまで私を育ててくれた家族や、友達、まぁ、先生(?)とかにも感謝。
それから、私にいい影響をくれている全ての人にありがとう。

SIFE Japanによる懇親会が開催されます

SIFEに興味のある慶應の学生さん、
SIFEを自分の大学でも立ち上げていきたいと考えている学生さん、
いらっしゃいましたら、平田(私)まで声かけてくださいな。


SIFEは今年で、日本展開が始まって3年目。
これからが本番です!

SIFEの日本展開、みんなでデザインしていきましょう

夏休みの意味

なんで夏休みに長期休暇が学校にはあるのか。
昔は、暑い中、学校に通うのが大変だから、だと思っていた。
確かに、東北や北海道の冬は長く、それは学校に通うのが困難だから冬休みが長いというのは分かる。

うーん、でもなんか夏休みの場合は違う気がするなぁ。
だって、こんなに暑くても大人は働いているし、子どもは元気に外で遊びまわっている。

そんなことを考えつつも、なんだかんだで学校がなくて夏休みがあるというのは嬉しい。



今週一週間はほとんど引きこもりに近い生活をしていて、たまに弟の用事ででかけたりはしているけれど、部屋にあるソファに座って小説、ビジネス書問わず読みまくってるのが非常に楽しくて嬉しい。
来週からは怒涛の夏休みになりそうで、その前の疲れていない時期に絶対にインプットは必要だと思い、あえて何もしていない。

人は、インプットとアウトプットのサイクルをうまくまわすことで学ぶことができるというのは、大学一年の時に気がついた大きな学びだ。
本当はこれが両輪になって同時にできるといいのだけれど、私の場合はやはりどちらかに傾いてしまう。
インプットしているときは、それに集中したいし、アウトプットしているときは、自分の知識のなさに悲しくなりながらもインプットしてる暇がない。

今年の夏休みは、これをうまく両立させされるようにしたい。



夏休みの意味なんてのは、あるようでないうようなものだ。
それが意味あるものになるか、そうでないかは、全くの使いようなのだ。